熊本の水の話

坪井川周辺ほか、熊本の水源を散歩します

熊本の水源を歩く

次々と干上がっていく水源地。その変遷を歩きます

坪井川

 坪井川

 八景水谷公園のすぐ脇を流れるこの川は、50年ほど前は湧水が多く、良質の河川だったにも関わらず、その後、生活排水を河川に流していた時代や、ごみの不法投棄が後を絶たなかった時代などがあり、水質は悪くなったり、規制をかけては良くなったりを繰り返してきた。

 

 そして現在の坪井川は、下水処理場の処理水の放出路だ。

これがどういう意味か。

 坪井川を流れている水に、河川の水は半分くらいしか含まれていない。残りの半分、あるいはそれ以上が、熊本北部浄化センターで下水を処理したあとの「処理水」が流れているのである。

 

 熊本北部浄化センターは、熊本市の北部の下水、合志市の下水、そして菊陽町の堀川沿いとセミコンテクノパークの排水の処理をしている施設である。

 浄化センターは熊本市の東部、西部、南部にもあるが、そちらが市の管轄であるのに対して、熊本北部浄化センターは県の管轄だ。

 そのため詳しいデータが市のHP上にはなく、なかなか見つからない。

 しかしどうも1日10万tほどの下水を処理した水を坪井川に放流しているようだ。

 CODやPODといった一般的な基準値はクリアしているようだが、セミコンテクノパークのような工業団地から出る排水に含まれていそうな化学物質が除去できているのかどうか、その辺りは定かではない。

 

 「下水を処理したあとの水って綺麗なんじゃないの?」

 そう言う人も多いだろう。だが、違う。

 下水は完全には綺麗にはならない。

 処理水は、薄く黄色に色づいており、そして臭い。

 

 

 坪井川の変化によって、周辺の環境が激変したことがこれまでに2回ある。

 

 1度目は1977年頃。大きな洪水が続いて、その治水のためという名目で坪井川の大改修工事が行われた。

 それまで牧歌的な里山の川で、子どもが土手を容易く降りて遊べたような川だったのに、川底を掘り、川幅を拡張し、コンクリートブロックで護岸をして、川面まで辿りつくのに7~8mも石段を下りていかなければならなくなった。

 この工事の完了後、まず、八景水谷公園で蛍が飛ばなくなった。それまで初夏には群舞していた蛍が、わずか数年のうちに数えられるほどに減り、そして姿を見せなくなった。

 湧き水も涸れた。ポンプで地下水をくみ上げなくてはならなくなった。

 公園内の池には、美しい緑の藻や水草が群生していたが、これもなくなった。こういった藻の中に、網を差し込んでグルグル回すと、新鮮な白魚のように透き通っていて、ピンピンと元気に跳ねる川エビが、面白いように大量に採れたものだったが、こうした綺麗な生き物もいなくなった。

 水量が減った結果、川や池には土が滞留しがちのようだ。

 川底の藻や苔の上に土埃のようなものが滞留し、川底は一面茶色っぽくなってしまうのだ。

 

 八景水谷公園愛護会の老人たちは、蛍を復活させようと、何百匹もの幼虫を放流したり、環境を整えたりしているが、蛍は復活しない。

 東京の椿山荘で飛ぶ蛍が、熊本の八景水谷では飛ばないのだ。

 いったいどうなっているのだろう?

 

 ちなみに、坪井川は熊本城下を巡って最終的には有明海にたどり着く。

 昨今話題になった有明海のアサリが減り始めたのも、この坪井川の大改修工事が終わった頃からだ。なにか関係があるのではと考えずにはいられない。

 

 2度目は、1989年(平成元年)。八景水谷公園から800mほど上流に、下水処理施設ができた時だ。なぜ、湧水の里の上流に下水処理施設を作るのだろうか。

 

 この熊本北部浄化センターは、平成12年(2000年)頃には1日9500tほどの処理水を坪井川に放出していた。が、3年前は1日6万5000t以上を放出していた。

 現在は10万tほどにもなっているはずだ。

 坪井川の川面には大量の泡が浮かび、その泡は下流域まで消えることはない。

 これは、下水を処理する過程で微生物に汚物を食べさせるが、その時に発生する糖由来のものだという。

 (近年、熊本城の掘に入る前に、この泡の消化装置が取り付けられたという。)

 地元の研究者によれば、この泡は処理水の放出が1日3万4000tを超えた頃から現れたという。

 坪井川の自然浄化能力の限界を超えているのではと懸念される。